01. 法定監査と任意監査を一言でいうと
- 両者の違いを最も短く表現すると、法定監査は「法律などにより受けることが求められる監査」、任意監査は「会社や利害関係者の必要性に応じて自主的に受ける監査」です。どちらも、公認会計士又は監査法人が独立した立場で財務情報を検証し、監査報告書によって意見を表明する点では共通しています。
- ただし、実務ではこの一文だけでは不十分です。たとえば、同じ株式会社でも、大会社に該当するため会社法監査が必要な会社、上場会社であるため金融商品取引法監査が必要な会社、法律上は監査義務がないものの、金融機関や投資家から監査済み決算書を求められる会社があります。どのケースに該当するかによって、監査の開始時期、監査対象書類、必要な手続、スケジュール、監査報告書の使い方が変わります。
- そのため、監査を検討するときは、単に「監査を受けるかどうか」ではなく、「誰に対して、何のために、どの財務情報について、どの水準の保証を得たいのか」を先に整理することが大切です。法定監査と任意監査の違いは、監査制度を理解するための入口であると同時に、会社が公認会計士または監査法人と適切にコミュニケーションを取るための基本になります。
02. 法定監査とは何か
- 法定監査とは、会社法、金融商品取引法、学校法人や公益法人、投資法人、投資事業有限責任組合などの各種法令に基づき、一定の法人・組合等に義務付けられる監査です。代表的な例としては、会社法に基づく会社法監査、金融商品取引法に基づく上場会社等の監査、学校法人監査、公益法人監査、投資法人監査などがあります。
- 会社法監査では、会社法上の会計監査人設置会社が作成する計算書類及びその附属明細書について、会計監査人である公認会計士又は監査法人が監査を行います。会社法監査の目的は、主に債権者に対して計算書類の信頼性を確保することにあります。大会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社などは、会社法上、会計監査人を置く必要があるため、結果として会計監査人による監査が必要になります。
- 金融商品取引法監査では、有価証券報告書等に含まれる財務諸表について監査証明が求められます。上場会社では、投資家保護と資本市場の信頼確保の観点から、財務諸表監査に加え、内部統制報告制度に基づく内部統制監査が必要となる場合があります。会社法監査と金融商品取引法監査は重なる会社も多い一方で、対象書類や開示制度、スケジュール、監査報告書の利用目的は異なります。
- 法定監査の特徴は、監査を受ける必要性が会社の任意判断に委ねられていない点です。対象要件に該当する場合、会社は監査人を選任し、監査に必要な資料を整備し、定められた期限までに監査を完了させる体制を作る必要があります。監査を受けない、又は監査報告書を得られない場合、株主総会手続、法定開示、上場維持、行政手続などに重大な影響が生じる可能性があります。
03. 任意監査とは何か
- 任意監査とは、法律上は監査義務がない会社や団体が、自らの判断又は利害関係者からの要請により受ける監査です。典型的には、未上場会社が金融機関や投資家に対する信用力を高めるために受ける監査、親会社・海外本社への報告目的で受ける監査、M&Aや資金調達を見据えて財務情報の信頼性を高める監査、上場準備の一環として早期に受ける監査などがあります。
- 任意監査は「任意」という言葉から、簡単なチェックや助言業務と誤解されることがあります。しかし、監査報告書を発行する監査である以上、監査人は独立性を保ち、監査基準に従って手続を実施し、監査証拠に基づいて意見を表明します。したがって、任意監査であっても、期末残高の確認、売上・費用の検証、棚卸資産の実在性確認、会計上の見積りの検討、内部統制の理解など、監査として必要な手続は行われます。
- 一方で、任意監査は法定監査に比べて設計の自由度があります。たとえば、会社法に準じた計算書類の監査とするのか、一般目的の財務諸表の監査とするのか、特定の会計基準に準拠した財務諸表の監査とするのか、連結・単体のどちらを対象とするのか、英文財務諸表を対象とするのかなどを、利用目的に応じて整理します。監査人との契約書では、監査対象、適用される財務報告の枠組み、監査報告書の宛先、提出期限、利用制限の有無などを明確にします。
- 任意監査は、会社が自ら財務報告の信頼性を高めるための有効な手段です。特に、外部株主が増える会社、銀行借入や社債発行を予定している会社、海外投資家に説明する会社、ファンドやSPCを運営する会社では、法律上の義務がなくても監査済み財務諸表が実務上重要な意味を持つことがあります。
04. 両者の主な違い
- 法定監査と任意監査の違いは、次のように整理できます。
監査を受ける根拠
- 法定監査は法令等に基づく義務であり、任意監査は会社の判断、契約、投資家・金融機関・親会社等の要請に基づくものです。
監査対象
- 法定監査では、根拠法令により対象書類が決まります。会社法監査であれば会社法上の計算書類及びその附属明細書が中心であり、金融商品取引法監査であれば有価証券報告書等に含まれる財務諸表が中心です。これに対して任意監査では、監査契約により対象を定めます。単体財務諸表、連結財務諸表、特定目的財務諸表、英文財務諸表、会社法に準じた計算書類など、目的に応じて設計します。
監査報告書の使われ方
- 法定監査の監査報告書は、株主総会、法定開示、所轄庁への提出、金融商品取引所や投資家への開示など、制度上予定された利用者に向けられます。任意監査の監査報告書は、契約で想定した利用者に向けられることが多く、場合によっては特定の利用者に限定されることがあります。たとえば、金融機関提出用、親会社提出用、投資家説明用などです。
監査をやめる場合の自由度
- 法定監査では、会社が対象要件から外れない限り、単にコストが高い、監査対応が大変という理由だけで監査をやめることはできません。会計監査人の選任・解任・不再任にも会社法上の手続が関係します。任意監査では契約関係が基本となるため、次年度以降に継続するかどうかを会社が検討できます。ただし、融資契約、投資契約、株主間契約、補助金契約などで監査済み財務諸表の提出が求められている場合には、実務上は自由にやめられないことがあります。
監査の準備に対する社内の捉え方
- 法定監査では、会社の年間決算スケジュールに監査が組み込まれ、監査役等、取締役会、株主総会、開示担当部門との連携が必要になります。任意監査では、利用目的に応じて初年度に監査対象期間や過年度情報をどう扱うか、いつから監査人に関与してもらうかを柔軟に設計できます。その反面、会社側が目的を曖昧にしたまま依頼すると、必要以上に範囲が広がったり、想定した期限に間に合わなかったりすることがあります。
05. 比較表で見る任意監査と法定監査
- 文章だけでは違いが分かりにくいため、主な比較項目を一覧にすると次のとおりです。実際には法人形態や利用目的により異なるため、監査人に相談する際の出発点としてご覧ください。
| 項目 | 法定監査 | 任意監査 |
|---|---|---|
| 根拠 | 会社法、金融商品取引法、各種法人法などの法令等 | 会社の判断、契約、金融機関・投資家・親会社等の要請 |
| 受ける必要性 | 対象要件に該当すれば原則として必須 | 法律上は任意。ただし契約上・実務上必要になることがある |
| 主な目的 | 株主、債権者、投資家、行政・市場の信頼確保 | 信用力向上、資金調達、上場準備、親会社報告、内部管理強化 |
| 対象書類 | 根拠法令により決まる。例:会社法計算書類、金商法財務諸表 | 契約で定める。単体、連結、特定目的、英文財務諸表など |
| 報告書の利用者 | 法令・制度上想定された株主、投資家、所轄庁等 | 契約で想定された金融機関、投資家、親会社、経営者等 |
| やめる場合 | 要件から外れない限り自由に中止できない | 契約の終了・更新判断による。ただし提出義務が契約にある場合は注意 |
| 実務上の注意点 | 監査人選任、株主総会・開示スケジュールとの連動が重要 | 目的、対象範囲、会計基準、利用制限を事前に明確化する |
06. 法定監査が必要になる場面
- 法定監査が必要になる場面は、根拠法令ごとに判断します。株式会社であれば、会社法上の大会社に該当するか、会計監査人設置会社であるか、監査等委員会設置会社又は指名委員会等設置会社であるかを確認します。大会社とは、最終事業年度に係る貸借対照表上の資本金が5億円以上、又は負債の部の合計額が200億円以上である株式会社をいいます。これらの会社は、会計監査人を置く必要があり、会計監査人による監査が必要になります。
- 上場会社や一定の有価証券発行者については、金融商品取引法に基づく財務諸表監査が必要になります。上場会社では投資家保護の観点から、財務諸表に対する監査証明が制度の中核をなします。さらに、内部統制報告制度の対象となる会社では、内部統制報告書について監査人の監査を受けることになります。
- 学校法人、公益法人、医療法人、社会福祉法人、投資法人、投資事業有限責任組合などは、それぞれの根拠法令や規模要件により監査が必要になる場合があります。したがって、「株式会社ではないから監査は不要」とは限りません。法人形態、事業内容、資産規模、収入規模、負債額、補助金の有無、投資家との契約を確認する必要があります。
- 法定監査では、監査が必要になってから監査人を探すのでは遅いことがあります。監査人は期末後に決算書だけを見るわけではなく、期中から内部統制を理解し、棚卸立会、残高確認、会計方針の検討、重要な契約の確認などを行います。法定監査の対象になる可能性が見えた時点で、早めに公認会計士または監査法人へ相談することが重要です。
07. 任意監査が選ばれる場面
- 任意監査が選ばれる代表的な場面は、まず資金調達です。銀行、ベンチャーキャピタル、プライベートエクイティファンド、事業会社、海外投資家などに財務情報を説明する際、監査済み財務諸表があることで、経営者が作成した財務情報に第三者の信頼性が付与されます。特に、過年度の会計処理が複雑な会社、急成長により管理体制が追いついていない会社、M&Aや大型資金調達を予定している会社では、早期に任意監査を受けることが将来のデューデリジェンス対応にもつながります。
- 次に、上場準備です。上場準備会社は、上場申請までに一定期間の監査証明が必要となるため、法律上の法定監査に該当する前から監査法人と契約し、監査に耐えられる決算体制を整えることが一般的です。この段階の監査は、会社にとって単なる外部チェックではなく、会計方針、内部統制、証憑管理、月次決算、連結決算、税効果会計、収益認識などを整える機会になります。
- また、親会社や海外本社への報告目的で任意監査が求められることもあります。外資系企業の日本子会社では、日本法上は法定監査の対象外であっても、グループ監査や連結決算の観点から、現地監査人による監査報告書やレビュー報告書を求められることがあります。この場合、グループ監査人の指示、会計基準、報告期限、重要性の水準などを確認し、日本側監査人との役割分担を整理する必要があります。
- さらに、ファンド、SPC、投資事業組合、不動産保有会社などでも、投資家への説明責任の観点から任意監査が利用されることがあります。法令上監査が必要かどうかとは別に、投資家との契約で監査済み財務諸表や監査報告書の提出が定められている場合、実務上は任意監査が重要なインフラになります。
08. 任意監査でも「簡易な監査」ではない
- 任意監査について最も誤解されやすい点は、「任意だから手続も軽い」、「監査報告書も簡単に出る」という理解です。実際には、監査意見を表明する以上、監査人は必要な監査手続を省略することはできません。財務諸表に重要な虚偽表示がないかを判断するため、会社の事業内容、会計システム、内部統制、取引の実態、重要な勘定科目、会計上の見積りを理解し、監査証拠を入手します。
- たとえば、売上高が重要であれば契約書、請求書、検収書、入金記録、収益認識の時点を確認します。棚卸資産が重要であれば棚卸立会や評価の検討が必要になります。投資有価証券や関係会社株式が重要であれば、実在性、権利、評価、減損の検討が必要になります。借入金があれば金融機関確認、デリバティブがあれば契約内容や時価評価、税効果会計があれば将来課税所得の見積りなどが論点になります。
- 任意監査をスムーズに進めるには、監査目的を明確にしたうえで、対象年度の総勘定元帳、試算表、決算整理仕訳、勘定科目内訳、銀行残高、借入契約、主要契約、固定資産台帳、棚卸資料、税務申告書、取締役会議事録などを整備しておく必要があります。初年度は過年度残高の検証が必要になることも多いため、開始時期は早いほど望ましいといえます。
09. 監査ではなくレビューや合意された手続という選択肢もある
- 会社が外部専門家によるチェックを求める場合、必ずしも「監査」だけが選択肢ではありません。目的によっては、レビュー業務、合意された手続業務、デューデリジェンス、内部統制評価、会計処理相談などの方が適している場合があります。ここを誤ると、必要以上に重い手続を依頼してコストと時間がかかったり、逆に利用者が求める水準に満たない報告書になったりします。
- 監査は、財務諸表が全ての重要な点において適正に表示されているかについて、監査人が意見を表明する業務です。レビューは、主に質問や分析的手続を中心に、財務諸表に重要な修正が必要となる事項が認められなかったかを結論として報告する業務です。合意された手続は、依頼者と合意した手続を実施し、その結果を事実として報告する業務であり、監査意見やレビュー結論を表明するものではありません。
- したがって、金融機関や投資家から「監査済み財務諸表」を求められている場合には、レビューや合意された手続では足りない可能性があります。一方、特定の残高の照合、ロイヤリティ計算の確認、補助金対象経費の集計確認など、特定項目の事実確認が目的であれば、監査よりも合意された手続の方が適することがあります。任意監査を検討するときは、相手方が本当に監査報告書を求めているのか、それとも独立専門家によるチェック結果を求めているのかを確認することが重要です。
10. 依頼前に整理すべきポイント
- 法定監査か任意監査かを問わず、監査人へ相談する前に整理しておきたいポイントがあります。
監査が必要となる理由
- 法令上必要なのか、金融機関から求められているのか、投資家との契約なのか、上場準備なのか、親会社報告なのかにより、必要な報告書の形式やスケジュールが変わります。
監査対象
- 単体財務諸表か連結財務諸表か、会社法計算書類か、特定目的財務諸表か、何年度分が必要かを明確にします。過年度分の監査を後から依頼する場合、棚卸立会や確認手続など期中に実施すべき手続ができないことがあり、監査上の制約になる場合があります。
適用する会計基準
- 日本基準、IFRS、米国基準、会社法に準じた計算書類、ファンド契約上の会計処理など、どの財務報告の枠組みに基づくかを決めます。任意監査ではここが曖昧になりやすいため、契約前に監査人と十分にすり合わせる必要があります。
利用者と提出期限
- 監査報告書の宛先や利用目的が明確でないと、監査報告書に利用制限を付すべきか、一般目的の財務諸表として作成するべきか、特別目的の財務諸表として作成するべきかの判断が難しくなります。提出期限が決まっている場合は、決算確定、資料提出、監査手続、修正対応、経営者確認書、監査報告書発行までの逆算が必要です。
社内体制
- 監査対応は経理担当者だけで完結しません。売上、購買、人事、法務、経営企画、情報システム、投資管理、海外子会社管理など、多くの部門が関係します。初年度監査では、資料の所在が不明、契約書が整理されていない、取締役会議事録や稟議書が不足している、会計方針が文書化されていない、といった問題が起こりやすいため、早めに体制を整えることが必要です。
11. どちらを選ぶべきかの判断軸
- 法定監査と任意監査は、会社が自由に選択する二択ではありません。法定監査の対象であれば、まず法定監査への対応が必要です。そのうえで、法定監査の対象外であっても、外部利害関係者への説明、資金調達、上場準備、ガバナンス強化、M&A対応などの目的があれば、任意監査を検討します。
- 任意監査を受けるべきかどうかは、監査コストだけで判断すべきではありません。監査には、会計処理の誤りや内部統制上の弱点を早期に把握できる、財務情報に対する外部の信頼を高められる、経営管理の水準を引き上げられる、将来の法定監査や上場準備への移行がスムーズになる、といった効果があります。一方で、監査対応には時間と人員が必要であり、監査人からの指摘に対応するための社内改善も求められます。
- したがって、任意監査を導入する場合は、「いつか必要になりそうだから」ではなく、「誰に何を示すために必要なのか」、「監査報告書によってどのような意思決定を支えるのか」を明確にすることが大切です。目的が明確であれば、監査範囲やスケジュールも設計しやすくなり、監査人とのコミュニケーションも円滑になります。
12. まとめ
- 法定監査と任意監査の違いは、単に「義務か任意か」ではありません。法定監査は、法律に基づき特定の会社・法人等に求められる制度的な監査であり、株主、債権者、投資家、所轄庁などの保護や信頼確保を目的とします。対象となる場合、会社は監査を前提に決算体制、機関設計、開示スケジュールを整える必要があります。
- 任意監査は、法律上の義務がない場合でも、会社の信用力向上、資金調達、上場準備、親会社報告、投資家対応、ガバナンス強化などのために自主的に受ける監査です。契約により対象や利用目的を設計できる一方、監査意見を表明する以上、監査人は監査基準に従って十分な手続を実施します。
- 監査を検討している会社は、まず自社が法定監査の対象かを確認し、対象外であれば任意監査の必要性を目的から整理します。そのうえで、監査対象年度、財務諸表の種類、会計基準、利用者、提出期限、社内体制を明確にし、早めに公認会計士又は監査法人へ相談することが、スムーズな監査対応につながります。
REFERENCES