01. 結論:ファンド監査の監査法人は変更できる
- 現在依頼している監査法人から、別の監査法人へ変更することは可能です。
- 監査報酬を見直したい、担当者とのコミュニケーションを改善したい、ファンド監査に詳しい監査法人へ変更したい、ファンド規模の拡大に合わせて監査体制を見直したいといった理由から、監査法人の変更を検討することがあります。
- ファンドの場合に重要なのは、一般の株式会社における「会計監査人の変更」と同じ手続ではないという点です。
- 会社法監査では、会計監査人は会社法上の機関であり、株主総会による選任や監査役等による議案内容の決定といった手続があります。
- これに対しLPSの場合、監査法人を株主総会で選任するという仕組みではありません。
- 一方で、LPS法上の監査要請に加え、LPA、サイドレター、LPへの報告条件、監査契約などが関係するため、「監査契約だけを解約すれば終わり」と考えるのも適切ではありません。
- まずファンドがどのような法的形態で、何を根拠として監査を受けているのかを確認することが出発点になります。
02. LPSでは毎事業年度の監査が必要
- 国内のVCファンドやPEファンドでは、投資事業有限責任組合(LPS)が広く利用されています。
- LPS法では、無限責任組合員(GP)は毎事業年度経過後3カ月以内に、貸借対照表、損益計算書、業務報告書及び附属明細書を作成し、主たる事務所に備え置くことが求められています。
- また、公認会計士または監査法人による意見書についても併せて備え置くことが求められています。現在のLPS法では、その意見書の対象は貸借対照表、損益計算書及びこれらの附属明細書とされています。
- したがって、監査法人を変更する場合にも、「現在の監査法人との契約を終了したが、次の監査法人が決まっていない」という状態はできるだけ避ける必要があります。
- 特に決算期が近い場合、後任監査法人が十分な監査時間を確保できず、監査契約そのものを受嘱できない可能性があります。
- 監査法人変更では、現在の監査法人との契約終了だけでなく、「次年度の監査を確実に実施できる後任監査法人を確保する」という視点が重要です。
03. まずLPAを確認する
- ファンド監査の監査法人を変更するときに、最初に確認したい資料がLPA(Limited Partnership Agreement/組合契約)です。
- LPAには、財務報告や監査について、次のような事項が定められていることがあります。
LPAで確認する主な事項
- 誰が監査人を選任するのか
- GPの判断で変更できるのか
- LPへの事前通知が必要か
- LPやLPACの承認が必要か
- 監査済財務諸表をいつまでにLPへ提出するのか
- どのような資格・要件を満たす監査法人を利用するのか
- さらに、特定のLPとのサイドレターで、監査法人や財務報告について追加的な条件が定められている場合もあります。
- そのため、監査法人変更をGPだけの内部判断で進めるのではなく、LPA、サイドレター、LP向け報告条件を一度確認することが重要です。
- 経済産業省が公表しているモデルLPAも、実際の契約条件はファンドごとに調整することを前提としています。
04. 実務上は「当年度監査完了後、翌年度から変更」が進めやすい
- 監査法人を変更するタイミングに法律上一律のルールがあるわけではありません。
- もっとも、実務上は、現在の監査法人に当年度の監査を完了してもらい、その後、翌年度から新しい監査法人へ変更するという進め方が比較的スムーズです。
- 例えば12月決算のファンドであれば、次の流れが考えられます。
12月決算のファンドにおける進め方の例
- 期中に監査法人変更を検討する
- 後任候補へ相談する
- 独立性・利益相反等を確認する
- 必要資料を提出して見積りを受ける
- 後任候補の受嘱可能性を確認する
- 現任監査法人による12月期監査を完了する
- 前任監査人から後任監査人へ引継ぎを行う
- 翌年度監査から新しい監査法人へ変更する
- 期中で変更することも考えられますが、どこまで前任監査人が監査を実施したのか、後任監査人がどの手続を引き継げるのか、追加監査手続が必要になるのかといった問題が生じます。
- 特段の事情がなければ、年度の切れ目に合わせて変更する方が監査実務を整理しやすいケースが多いでしょう。
05. 監査法人変更の理由を整理する
- 後任監査法人への相談では、「なぜ監査法人を変更するのか」を確認されるのが通常です。
- これは単なる営業上の質問ではありません。
- 後任監査法人は、新規の監査契約を締結する前に、そのファンドの監査を引き受けることに問題がないかを検討します。
- 例えば、次のような理由は比較的説明しやすいでしょう。
比較的説明しやすい変更理由
- ファンド監査に関する専門性を高めたい
- ファンド数が増えたため監査体制を統一したい
- 監査報酬と監査工数を見直したい
- 担当チームの継続性を重視したい
- レスポンスやコミュニケーションを改善したい
- 海外LPへの報告対応を強化したい
- 投資資産の公正価値評価に詳しい監査法人へ変更したい
- 一方、「現在の監査法人から投資評価について厳しい指摘を受けているので変更したい」「評価損を計上しないことを認めてくれる監査法人を探している」といった事情がある場合、後任候補も慎重に受嘱可否を判断します。
- 監査法人を変更しても、会計基準や監査基準そのものが変わるわけではありません。
06. 後任監査法人が確認するポイント
- ファンド監査を新たに受嘱する監査法人は、監査報酬だけを見て契約を決めるわけではありません。
- 一般的には、次のような事項を確認します。
ファンドの基本情報
- ファンド形態
- ファンド規模
- GP・運用会社
- LPの属性・数
- LPA
- サイドレター
- ファンドの存続期間
- 投資方針
投資内容
- 投資先一覧
- 投資残高
- 未公開株式・優先株式等の内容
- ファンド・オブ・ファンズ投資
- 海外投資
- SPCの利用状況
- Exit状況
会計・評価
- 採用している会計方針
- 投資資産の評価方針
- 投資先別評価資料
- 直近の資金調達価格
- 減損・評価損の状況
- 評価モデル
- 過年度の監査上の論点
ファンド管理
- キャピタルコール
- LP別出資管理
- 分配計算
- 管理報酬
- キャリー
- GP負担費用とファンド負担費用
- 関連当事者取引
- ファンド監査では、とりわけ投資資産の実在性と評価が重要な監査領域になります。
- VCファンドでは未公開株式、優先株式、J-KISS等、PEファンドでは買収案件やSPC、投資先企業価値の評価などが重要な論点となるため、後任監査法人がこれらの内容を理解するための時間を確保する必要があります。
07. 前任監査人から後任監査人への引継ぎが重要
- 監査法人変更では、前任監査人から後任監査人への引継ぎが重要です。
- 後任監査人は、前任監査人とのコミュニケーションを通じて、次のような事項を確認します。
引継ぎで確認する主な事項
- 過年度の重要な監査論点
- 投資資産の評価に関する論点
- 会計処理を巡る意見相違
- 修正仕訳
- 内部管理上の問題
- 経営者・GPとのコミュニケーション
- 未解決事項
- 期首残高
- 日本公認会計士協会の監査基準報告書900「監査人の交代」においても、監査人交代時の引継ぎについて定められています。監査人予定者による質問や監査調書の閲覧等を通じ、監査契約締結の可否や後任監査の計画に必要な情報を把握することが目的です。
- したがって、「前任監査法人に知られずに、別の監査法人へ変更したい」という進め方は基本的には現実的ではありません。
- むしろ、後任監査法人に重要な監査論点を最初から開示し、前任監査人との引継ぎを円滑に進めることが、監査法人変更を成功させる近道です。
08. 監査報酬だけで選ばない
- 監査法人変更のきっかけとして、監査報酬の見直しは重要な要素です。
- ただし、ファンド監査の場合は、単純に最も安い監査法人を選べばよいとは限りません。
- ファンド監査では、次のような要素によって必要となる監査工数が大きく変わります。
監査工数に影響する主な要素
- 投資先数
- 投資資産の種類
- 評価の複雑性
- LP数
- キャピタルコール・分配回数
- 海外取引
- ファンド・オブ・ファンズ投資
- SPC
- サイドレター
- 決算スケジュール
- 監査報酬を大きく下げた結果、監査チームの人数や経験が不足すると、質問や資料依頼が決算期末に集中し、GP・管理部門側の負担がかえって増えることがあります。
- そのため、「監査報酬」だけではなく、「ファンド監査の経験」「担当者の経験」「レスポンス」「監査スケジュール」「投資評価への対応力」を含めて比較することが重要です。
09. 変更を検討するなら決算直前まで待たない
- ファンド監査の監査法人変更は、できるだけ早めに検討することをおすすめします。
- ファンド監査では、期末時点の投資残高確認や投資評価が重要になるためです。
- 後任監査法人としても、次のような対応を行う必要があります。
後任監査法人が契約前後に行う主な対応
- ファンドの内容把握
- 独立性確認
- 利益相反確認
- 新規受嘱審査
- 前任監査人との引継ぎ
- 監査チームの確保
- 監査計画の作成
- 特に12月決算や3月決算など監査業界の繁忙期と重なる場合、相談時期が遅いと、監査法人側に受嘱余力がないこともあります。
- 変更を検討し始めた段階で、まず候補となる監査法人へ相談し、受嘱可能性とスケジュールを確認しておくことが重要です。
10. 監査法人変更時に準備しておきたい資料
- 後任候補へ相談する際、すべての資料を最初から揃える必要はありません。
- もっとも、次の資料があると受嘱判断や見積りがスムーズになります。
基本資料
- LPA・組合契約
- ファンド概要資料
- LP一覧
- サイドレター
- 投資先一覧
- ファンドストラクチャー図
会計資料
- 直近の財務諸表
- 総勘定元帳・試算表
- 前年度監査報告書
- 投資明細
- 出資・分配明細
- 管理報酬計算資料
評価資料
- 投資資産評価規程
- 投資先別評価資料
- 直近ラウンド情報
- 投資先財務情報
- 減損・評価損検討資料
監査法人変更関連
- 現在の監査報酬
- 現在の監査スケジュール
- 過年度の主な監査論点
- 未解決の会計・監査上の論点
- 監査法人変更の理由
- 資料が一部不足していても相談自体は可能ですが、重要な監査論点については早い段階から後任候補へ説明した方が、後から受嘱できないという事態を避けやすくなります。
11. よくある誤解
監査契約を解約すれば自由に変更できる
- 監査契約だけで判断するのは危険です。
- LPSの場合にはLPA、サイドレター、LPへの通知・報告条件等を確認する必要があります。また、LPS法上必要となる監査意見を期限内に取得できる体制を維持する必要があります。
前任監査人には何も伝えなくてよい
- 後任監査人は通常、監査人交代に伴う引継ぎを実施します。
- したがって、監査法人変更を前任監査人に一切知らせず完結させることを前提とするのは適切ではありません。
監査法人を変えれば投資評価も変えられる
- 監査人が変わったからといって、合理的な根拠なく投資資産の評価方針を変えることはできません。
- むしろ初年度監査では、後任監査人が期首残高、過年度の評価、会計方針の継続性を慎重に確認することがあります。
監査報酬だけ比較すればよい
- ファンド監査は専門性の高い業務です。
- 報酬に加えて、ファンド監査の経験、投資評価への理解、担当チームの経験、コミュニケーション、監査スケジュールを総合的に確認することが重要です。
12. まとめ
- ファンド監査を担当する監査法人を変更することは可能です。
- ただし、一般の株式会社における会計監査人変更とは異なり、LPSの場合には、LPS法、LPA、サイドレター、LPへの報告条件、監査契約などを確認しながら進める必要があります。
- 実務上のポイントは、「現在の監査法人を辞めること」よりも、「後任監査法人が問題なく監査を開始できる状態を作ること」です。
- 特にファンド監査では、投資資産の評価、出資・分配、管理報酬、関連当事者取引など、ファンド固有の監査論点があります。
- 後任監査法人による新規受嘱審査や前任監査人との引継ぎにも一定の時間が必要です。
- そのため、監査報酬、監査品質、担当者とのコミュニケーションなどを理由に監査法人変更を検討している場合には、決算直前まで待つのではなく、早めに候補となる監査法人へ相談することが重要です。
CHECK LIST
ファンド監査の監査法人変更チェックリスト
- 監査法人を変更する理由を整理しているか
- ファンドが監査を受ける法的・契約上の根拠を確認しているか
- LPAの監査人に関する条項を確認しているか
- サイドレターに監査・財務報告に関する条件がないか確認しているか
- LPへの通知・承認等が必要か確認しているか
- 後任候補の独立性・利益相反を確認しているか
- 後任候補へ重要な監査論点を説明しているか
- 投資資産の評価方針・評価資料を整理しているか
- 前任監査人から後任監査人への引継ぎを予定しているか
- 監査報酬だけでなく、ファンド監査経験・チーム体制も比較しているか
- 決算・LP報告期限から逆算して変更スケジュールを組んでいるか
REFERENCES